道開きの大神・猿田彦神社

 

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伊勢神宮・内宮の宇治橋前から北に約10分ほど歩くと猿田彦神社に着きます。お伊勢参りにあわせて参拝する人も多いこの神社は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと、天照大神の孫)たち高天原(天井の国)からの一行を高千穂(宮崎・鹿児島)へ導いた猿田彦大神が祀られています。

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この天孫降臨の立役者である「みちひらき」のご神徳ににちなみ方位を司る御力が強く、社殿の柱や鳥居などは方位を示す八角形になっています。また垂仁天皇の御代に皇女、倭姫命が神宮鎮祀の場所を求めて諸国を巡幸された折、宇治土公宮司家の祖先で猿田彦大神の裔である大田命がお迎えし五十鈴の川上の地を献上し、伊勢神宮が創建されました。

境内社で本殿に向かい合うように鎮座しているのは佐瑠女神社(さるめじんじゃ)です。天照大神が天岩戸にこもり世界が闇に包まれたとき、天宇受売女命(あめのうずめのみこと)が神楽を舞ったことで天照大神が外へ出て世界が光に戻りました。このことから諸芸上達を祈り全国から参拝者が訪れます。また天宇受売女命は猿田彦大神ときわめて関係の深い神で天孫降臨に際し猿田彦大神と最初に対面し結ばれたとされることから縁結びの神としても知られています。

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社殿は「さだひこ造り」と呼ばれる二重破風が特徴的な切妻造りですし祝詞殿は優雅な平安時代をしのぶ寝殿造りです。欄干や鳥居、鰹木など社殿のさまざまな所に八角形が使用されています。これらは昭和11年(1936)に旧神殿跡に設置された八角形の石柱、古殿地とともに方位を示すもので猿田彦大神のご神徳「みちひらき」の意味が込められています。屋根上、Vの字型の千木が角のように突き出し美しさを引き立てています。

 

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境内はコンパクトにまとまっており参拝所要時間は30分程です。

 

 

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入口の石柱(社号標)ですが猿田彦神社の猿の字に口がありません。口があるものもあります。

 

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狛犬 力強く参道の左右を守っています。狛犬の起源はエジプトやインドのライオンです。高麗犬とも書くのは朝鮮半島を経由したことを意味します。通常、社殿に向かって右が獅子(阿形 あぎょう 口が開いています)です。

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社殿に向かって左側が狛犬(吽形 うんぎょう 口が閉じています)です。本来、狛犬には角がありますがこれは見当たりません。また獅子と狛犬ですが現在は一般的に両方とも狛犬と呼ばれるようになりました。

 

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 手水舎 手と口を清めます。柱が八角形です。

 

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 この手水舎は高島屋によって奉納されたようです。たくさんの千社札も張られています。

 

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手水舎の奥に灯籠が置かれています。灯籠は日本では当初、寺院で用いられていましたが神仏習合によって神社にも置かれるようになりました。これは春日大社が発祥といわれる六角形の石灯籠、春日灯籠です。

 

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子宝池 「倭姫命世紀」によれば猿田彦神社の宮司を代々務める宇治土公(うじとこ)家は猿田彦大神の直系の子孫です。 池には神々の時代から子孫代々継承し続けて絶えない宇治土公家の産霊神が祀られています。ちなみに宇治土公の苗字は全国で約10名しかおらず猿田彦神社の宮司はこの希少な宇治土公という苗字を代々受け継いでいます。

 

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古殿地 境内の真ん中に置かれた「みちひらき」のご神徳を表す八角形の石柱です。昭和11年(1936)まではご神殿がここにありました。 

 

 

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社務所に古殿地の案内がありました。「刻まれている方位は十支十二支で記されています。猿田彦大神様が長くご鎮座されていた神聖な場所として多くの方々が石柱を触られます。触り方についてよくお尋ねいただきますが、神社では方位石の触り方というものは特に定めておりません。ご自身の干支や今年の干支、お住まいの方角や目指される方角、また石の中心など、ご自由にお触れになり「みちひらき」の御神徳をお受けください。」

また猿田彦神社で定めた触り方ではありませんが、風水の方位・インテリア学の第一人者Dr.コパさんによると・・・


仕事運「亥→卯→未」
金運 「巳→酉→丑」
家庭運「申→子→辰」
人気運「寅→午→戌」

上記のように触る順番を紹介されていて、実践されている方が多いようです。また多くの方が触られるのですり減ってきています。目を凝らして下さい。

 

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拝殿 御神祭は猿田彦大神、相殿神は大田命です。ものごとの最初に現れ、万事良い方向へお導きになる大神です。建築・方除け・災難除け・開運・事業発展・五穀豊穣・大漁満足など万時最も善い方への「みちひらき」のご神徳で知られています。 大田命とは猿田彦大神の裔です。猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴の川上にある宇治の地を大田命は倭姫命の御巡幸時にお勧めし、そこに伊勢神宮・内宮が造営されました。そのため大田命の裔である宇治土公家は伊勢神宮において代々要職に仕ぜられました。(「神名秘書」によれば伊勢神宮・内宮の御垣内の西北の隅に祭られている内宮の守護神、興玉神は猿田彦大神といわれています。)内宮をはじめ全国の開拓も行われました。ここは猿田彦大神の子孫である宮司を務める神社で全国約2.000社の猿田彦神社の総本宮です。

 

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猿田彦大神は阿邪訶あざか(現在、伊勢の近隣、松阪市)で漁をしていた時に比良夫貝に手を挟まれて溺死したと古事記では伝えています。この貝がどの貝か解明されていません。シャコガイとする説があり伊勢市二見町の夫婦岩で有名な二見興玉神社(御祭神は同じく猿田彦大神)には沖縄産のオオシャコガイが境内に置かれています。

 

二見興玉神社のご案内はこちら

 

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たから石 宝船の形に似ている「たから石」は富を象徴する白蛇がとぐろを巻いている姿にも見えることで縁起物とされています。皆様には見えるでしょうか・・・

 

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 さざれ石 小石が長い時間をかけて大きくなった石をさざれ石といいます。もともとは細石と書く小さな石のことで多くの岩石が集結した君が代の歌詞にも詠まれる縁起物です。岐阜県揖斐郡春日村の山中から採取奉納されました。

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招霊(おがたま)の木 天宇受売女命が天岩戸の前で舞われた際に手にしていたものと云われています。秋に房状につく実の形から舞姫の持つ「神楽鈴」がつくられたともいわれています。

 

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おがたまの木は神社にゆかりの深い木で宗像大社や霧島神宮・高千穂神社の境内などにもありましたし伊勢神宮でも生えています。平成31年4月に(株)スターダストプロダクションより佐瑠女神社横に奉納されました。ちなみに我が家の七五三には子供達の健やかな成長と健康を願い晴れ着で猿田彦神社に参拝します。

 

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 猿田彦神社の境内社、佐瑠女神社(さるめじんじゃ)には俳優(わざおぎ)、神楽、技芸、鎮魂の祖神と仰がれる天宇受売女命が祀られています。天照大神が天岩窟にこもられ世の中が乱れたとき天宇受売女命がその前で神楽をされ、そこに集まった八百万の神々が喜び笑い天照大神が不思議に思い岩洞を開けて外に出られて平和な世の中になったと伝えられています。そのことから芸能の祖神と呼ばれています。

また天孫降臨に際して従い来られ、天八衝(道がいくつにも分かれている所)でお待ちしていた猿田彦大神と最初に対面し高千穂の峰に至る道をひらかれました。(猿田彦大神の姿に多くの神は恐れて近づけなかった。)そしてその後は本拠地である五十鈴の川上の地に就かれると大神と共に来られ、その功により瓊瓊杵尊より「猿女君(さるめのきみ)」と称号を受けられました。実は内部の本殿も八角形です。佐瑠女神社の御朱印は猿田彦神社の授与所で頂けます。

 

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舞踊、芸能、美術工芸、スポーツ関係をはじめ技芸の上達を祈る方々が多くみられます。サッカー日本代表の乾貴士さん、高島政宏さん、松平健さん、余貴美子さん、湘南乃風などなど。

 

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また天宇受売女命が天井の神様(天津神、瓊瓊杵尊)と地上の神様(国津神、猿田彦大神)の仲を取り持たれた神であることや猿田彦大神のパートナーともいわれ仕事や物との様々な縁を良い形で結ぶ神としての信仰も篤く、良縁を授かりたいという参拝者も多い。南海キャンディーズの山里 亮太さん(山ちゃん)が平成30年にここに参拝し翌年、令和元年に女優の蒼井優さんと電撃結婚されたのはここのご神徳でしょうか。

 

「猿田彦大神」と「天宇受売女命」の子孫が大田命(伊勢神宮の創建に尽力)その子孫が宇治土公家(伊勢神宮の要職、玉串大内人を代々就任し猿田彦神社の宮司)と家系図で書けます。(つまり宇治土公家は天宇受売女命の子孫ともいえる。)天孫、瓊瓊杵尊を導いた猿田彦大神、その子孫もまたこの国の成り立ちに深く関わっています。日本神話に思いをはせながら参拝したい。

 

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佐瑠女神社の例祭、年に一度の大祭は8月17.18日です。例祭には諸芸上達や良縁を祈り全国から提灯が奉納され宵祭では約3.000灯に明かりが灯り女神らしい装飾で境内を彩ります。 献灯料 1灯 2000円です。ご奉納頂いた提灯下の短冊にご芳名を記します。ご芳名に、ももいろクローバーZ(ももクロ)もありました。

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案内も境内に立っています。

 

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 授与所 印章的なこの建物は授与所です。授与所受付時間:午前8時30分~午後5時30分 御守りやお神札、御朱印(猿田彦神社と佐瑠女神社)御朱印帳、御敷地の砂などの授与や結婚式御祈祷の受付を行っています。ご祈祷の初穂料は5.000円から。放送作家の鈴木おさむさんとお笑いトリオ森三中の鈴木美幸さん、アテネオリンピック女子マラソン金メダリスト野口みずきさんもここで結婚式を挙げられました。

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授与所では絵馬も頂けます。絵馬にはみちびきの舞の様子が描かれています。この舞は明治天皇の皇女、北白川房子様が猿田彦神社参拝時に詠んだ歌「さだひこの御名いと高し 天くだり 神代の昔しぬびまつれば」に作曲と振り付けをした猿田彦神社が独自に考案した舞です。猿田彦大神があまねく神々や人々を導いてきたように、願いをよい方向に導く想いが込められているといいます。ちなみに平成3年に当時の神宮祭主、池田厚子様も御参拝されてます。

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佐瑠女神社の絵馬には御神紋である舞鶴(JALのマークに似ているな・・・)が描かれています。各絵馬500円。ちなみに猿田彦神社の御神紋は五瓜梅鉢です。

 

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本殿 拝殿の後方にあり回っていくことができます。瑞垣(塀)で囲まれていますがよく見えます。 拝殿からも奥に本殿の扉が見えます。

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本殿の更に後方に行くと川があり小橋を渡った先に御神田があります。ちょうど本殿の北側に当たり神社境内の薬種山の麓です。緑の芝生と美しい石組みをめぐらせた美しい場所です。

 

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瓊瓊杵尊が天孫降臨の際に、天井の国(高天原)より地上の国(葦原の中つ国)に持ってきたと伝わる稲穂です。豊かに実っております。毎年5月5日(子供の日)に苗を植えながら豊作を祈る祭事「御田祭」が行われます。新緑の中で稚児行列のあと桃山時代の風俗衣裳を着た植方さんがのどかな田楽の囃子にのってお田植を行います。お田植が終わったあとは賑やかな豊年踊やみちびきの舞の奉納なども行われます。団扇相撲神事もおすすめです。この祭事は三重県無形文化財に指定されています。御田祭には特別に飛魚が特殊神饌として供されます。荒波をこえて飛び威勢のいい飛魚は縁起のよいものとされ、五穀が荒い雨風に打ち勝って強くたくましく育つことに祈念が込められています。この祭の歴史は古く伊勢神宮・内宮鎮座時に倭姫命に猿田彦大神の末裔、大田命が御神田をご献上になったと倭姫命世記に記されています。

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御神田の東側に神猿像が田んぼを見守るように2体あります。猿田彦は日本書記の中で具体的に容貌で描かれている他にはない珍しい神様です。巨体で天狗のように鼻が長く、口の端が赤く光り眼も八咫鏡のように明るく照り輝いています。きわめてパワフルです。

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同じく御祭神が猿田彦大神の夫婦岩の二見興玉神社では蛙が神の使いになっており境内に沢山の蛙の置物が置いてあります。

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 ここ猿田彦神社には蛙の置物は一つもありませんが猿の像の頭にアマガエルが乗っていました。

 

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車両修祓所  愛車を購入した時などに運転する前に清祓いをします。授与所にて交通安全ご祈祷の受付をし御殿内で御祈祷を行った後、このお祓い所にて車を停め、お祓いを致します。道開きの神様です。交通安全の御守りやステッカー、反射板を車に貼る方も多くいらっしゃいます。従来は境内正面鳥居の内に車を置き、祈祷後の修祓を行っていました。しかし自動車の普及と共に道開きの神である猿田彦神社の交通安全の祈祷の数は増加し混雑が著しく昭和49年(1974年)にこちらに車両修祓所を整備しました。約300㎡、車10台が収容できる広さです。

 

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車両修祓所にある狛犬です。こちらは角つきです。

 

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国学者の本居宣長(古事記伝著者)は伊勢神宮参拝の際には猿田彦神社の宇治土公宮司家に宿泊されるのを常としていました。70歳(寛政11年、1799)、最後の参宮をされた時に宇治土公宮司に歌を贈られました。その直筆を刻んだのがこの歌碑です。「神世より 神の御末と つたえ来て 名くわし 宇治乃土公 吾が勢」吾が勢とは「大切な我が友よ」という意味で現代語訳は「神代から大神(猿田彦大神)の末裔として絶えることなく続く名高き宇治土公家の、私の大切な友よ」になるでしょう。本居宣長が大変な親しみを持っていたことが分かります。

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 車両修祓所の北側、本居宣長墨跡の西側に参拝休憩所はあります。空調設備やトイレも完備され休憩が取れます。

 

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参拝休憩所には御神輿が格納されています。11月23日(勤労感謝の日・新嘗祭)に「みちひらき大御輿」として宇治の町、おはらい町やおかげ横丁を練り歩きます。

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御神輿奉納者には大手ゼネコンの名前がずらり。竹中工務店、大林組、清水建設、鹿島建設などなど。猿田彦大神は国土を広く開拓したことから土地神様として崇敬され建築安全の神としても有名です。

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ、ここからは境内をでます。

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猿田彦神社の西側の道、旧参宮街道(参宮街道は江戸時代、東海道に次いで往来が多いと云われた街道)に宇治惣門跡の碑が立っています。 ここは伊勢神宮・内宮(宇治)に行くための要衝で夜間や非常時などには閉門し、お伊勢参りの人々は身元確認を受け罪人等の通行を取り締まっていました。黒門と呼ばれた惣門が設けられた場所で、明治維新までここに番所があったそうです。現在は近くに碑と黒門橋が架かっているだけですが猿田彦神社は道開きの大神らしく昔は宇治の交通の要所に、今日はそれぞれ片道二車線の主要道路、御木本道路と御幸道路の交差点近くに鎮座しています。

 

 

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牛谷坂 急峻な坂牛谷坂(うしたにざか)には牛鬼伝説があります。ここには人を食らう顔は牛で体は人間の姿をしている妖怪がいたそうです。最後には度胸のあるものが刀で退治したという。怖い伝説がありますが春には街路樹の桜が坂一杯に広がる美しい桜の名所です。

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牛谷坂坂を上っていくと左手側に美術館があります。伊藤小波(いとうしょうは)美術館です。伊藤小波は明治10年、猿田彦神社宮司、宇治土公貞幹の長女として生まれ明治、大正、昭和を通し長い間、京都画壇の中心として活躍した日本画家です。猿田彦神社にちなむ作品も残し歴史画、美人画に傑出しています。伊藤小波の作品を中心に神社と伊勢に関わりの深い作品を展示しています。絵などを見る他に宇治の山々を臨むいい場所です。参拝後はのんびり景観もゆったり楽しめる場所です。平成8年9月28日開館。

 

伊藤小波美術館 

〒516-0026 伊勢市宇治浦田2-4-65 TEL 0596ー22-2554 FAX 0596-28-9955 

会館時間9:30~16:00、休館日 毎週日曜日(祝日の場合はその翌日)

入館料 一般300円 高大生 200円 小中生 100円 猿田彦神社から徒歩3分

 

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牛谷坂を伊藤小波美術館を過ぎてさらに上っていくと大きく立派な常夜燈が左手側に2棟あります。常夜燈脇の標柱には「奉献両宮常夜燈 大正三年二月二十七日建 油屋旅館」と刻まれています。牛谷坂(参宮街道)の上に位置し、夜間の参宮人を監視するために灯したそうです。お伊勢参りの旅人で賑わった昔の街道の面影を今に残しています。ちなみに油屋旅館は歌舞伎の演目の一つ「伊勢音頭恋寝刃」の舞台になった伊勢にあった遊郭の旅館です。

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常夜燈にはバス停、桜木町停留所があります。その前には神宮司廳頒布部があります。ここでは伊勢神宮のお神札やお守りなど授与品を奉製されています。横には伊勢神宮職員の寮、みやま寮があります。

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猿田彦神社には御幸道路側に約70台収容の30分無料駐車場があります。

 

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ご祈祷の方や団体バスの方は第1駐車場に止められます。

 

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VISON(三重にある日本最大級の商業施設)の中にも出店しているスペシャリティーコーヒー専門店、猿田彦珈琲。よく関係性を聞かれるのですが、猿田彦神社の御祭神の猿田彦大神の名前をもらっています。それがご縁で猿田彦神社の婚礼の引き出物の中には猿田彦珈琲もあります。そしてVISON店の工事前には猿田彦神社の神職に店舗の周辺に清め砂をまいてもらったそうです。

 

 

更におまけ。猿田彦神社の古祭場のご案内

猿田彦神社から歩いて約10分で宇治山田神社と那自賣神社に到着します。ここは地元の方が「興玉さん」「興玉の森」と呼ぶ伊勢神宮125社の一社です。遠くから見ると小高い丘になっているのが分かります。戦後の食糧危機の時はこの丘でもさつま芋などを育て飢えをしのいだそうでが現在は静かな神宮の森です。

ここは伊勢参宮名所図会によれば猿田彦神社の旧地で、現在も古祭場が残っています。

 

社殿西側を抜け背後の森の中を7mぐらい進んで行けば西北にひっそりと石積だけが残る祭壇があります。

明治以前までは猿田彦神社・神主の宇治土公家が祖先祭祀を営んできた祭場跡です。以前は、村人が年初めにしめ縄を張っていたそうです。

 

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猿田彦神社は元をただせば宇治土公氏の私邸内に祀られていました。宇治土公氏の移転とともに鎮座地も遷っています。建久年間(1190~99)の頃にこの場所(宇治山田神社辺り)に私邸があり祀られていました。現在、伊勢市浦田町の場所に遷ったのは延宝5年(1677)のことだそうです。

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 詳しくは

猿田彦神社 

住所〒516-0026 三重県伊勢市宇治浦田2-1-10 電話番号0596-22-2554 FAX0596-28-9955 参拝時間:24時間参拝できます。アクセス 近鉄五十鈴川駅から徒歩17分。三重交通バス「猿田彦神社前」バス停から徒歩0分。

地図