125社めぐり

 

伊勢神宮は内宮、外宮の両神宮を中心に14所の別宮・43所の摂社・24社の末社・42社の所管社があります。「神宮」はこれら125の宮社の総称です。125の宮社は三重県の伊勢市を中心に鳥羽市、志摩市、松阪市、度会郡大紀町、多気郡多気町、玉城町、度会町の44町に分布しています。総面積は約5.500haで伊勢市の面積の1/4以上もある規模です。伊勢神宮といえば内宮、そして外宮のことと思っている人が大半です。広範囲に広がる神気に満ちた各宮社を12地域に分けてご紹介いたします。

 

 125社の内訳

 

〇正宮   2社  皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)

 

〇外宮  14社 (内宮10社・外宮4社)正宮と関わり深い神を祀る格式高い神社

 

〇摂社  43社 (内宮27社・外宮16社)約1100年前の西暦927年発行の「延喜式神名帳」に記されている神社。

 

〇末社  24社 (内宮16社・外宮8社)約1200年前の西暦804年発行の「延暦儀式帳」に記されている神社。

 

〇所管社 42社 (内宮30社・外宮4社・瀧原宮3社・伊雑宮5社)御塩作りの御塩殿、麻や絹を織る機殿、酒造りの御酒殿など衣食住を司る神々が多く祀られている神社。

 

 

125社めぐり 内宮編

 

最高神、天照大神が鎮まる地 垂仁天皇の時代に倭姫命が天照大神鎮座の地を求めて諸国を回る長い旅の末にお宮を建てました。広い神域には正宮をはじめ別宮、摂社、末社、所管社があります。深い緑に包まれた神苑や五十鈴川のせせらぎは心を安らげてくれます。

 

 

瀧祭神たきまつりのかみ

皇大神宮所管社 祭神、瀧祭大神たきまつりのおおかみ

 

祭神は五十鈴川の水神です。五十鈴川と島路川との合流地点で治水を願って祀られています。千年前は五十鈴川の対岸、西川辺に鎮まっていたそうです。社殿はなく板垣を通して石畳の中心に自然石が見えます。地元では「おとりつぎさん」と呼ばれ正宮前にここを参拝すると大御神に取り次いでくれるそうです。また別宮に準じて祭典が奉仕される不思議な神です。

 

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皇大神宮こうたいじんぐう

皇大神宮御正宮 祭神、天照大御神あまてらすおおみかみ

 

こちらが神宮の中心地です。群馬産三波石の石段を上がるとご正宮です。祭神は皇祖神であり日本の大御祖神です。三種の神器の八咫の鏡をご神体とします。四重の神垣の一番奥、ご正殿に天照大神は鎮まっています。同殿の相殿神として東に天手力男神、西に萬幡豊秋津師比売命の2座も祀られています。令和元年11月のご正宮です。天皇陛下参拝時に特別に設けられた幄舎あくしゃがあります。

 

 

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次の三宮は一般には参拝できません。ご正宮より遙拝します。

 

屋乃波比伎神やのはひきのかみ

皇大神宮所管社 祭神、屋乃波比伎神やのはひきのかみ

 

ご正宮の神庭の守護神です。祭神は大歳神の御子に波比伎神がおられるのが古事記にみえます。神庭を守るので板垣御門の外、正宮石階段の東側に南向きに祀られ社殿はなく石畳の上に鎮座しています。「建久年中行事」にも記載されています。千年以上に余りこのお姿です。

 

興玉神おきたまのかみ

皇大神宮所管社 祭神、興玉神おきたまのかみ

 

三節祭である神嘗祭と6月、12月の月次祭ではその前日の15日夕刻、まず興玉神祭が行われます。これは興玉神がここの土地神であり、その意を得なければなにごとも参画できない掟があるからです。社殿はなく正宮板垣内の西北の隅の石畳に西向き祀られています。祭神は地主神として猿田彦神社の祭神、猿田彦大神またはその子孫の太田命の別称であるともいわれています。

 

宮比神みやびのかみ

皇大神宮所管社 祭神、宮比神みやびのかみ

 

興玉神と同じく石畳の上に祀られています。祭神は猿田彦大神のパートナー天細女命の別称ともいわれています。

  

猿田彦神社 詳しくはこちら

 

 

御稲御倉神みしねのみくら

皇大神宮所管社 祭神、御稲御倉神みしねのみくらのかみ

 

この倉には伊勢市内にある神宮神田から収穫した抜穂の稲が納められ、祭事ではその稲から大御饌が用意されます。祭神は御倉の守護神です。御稲神の倉稲魂命ともされています。この社は規模は小さいですがご正殿と同じ神明造りの特徴をよく表しています。

 

 

 

荒祭宮あらまつりのみや

皇大神宮第一別宮 祭神、天照大御神荒御魂あまてらすおおみかみのあらみたま

 

内宮第一位の別宮です。正宮に続いて天皇陛下のお使いの勅使、大宮司、小宮司以下神職が参向して祭典が行われます。祭事や供物もご正宮に準じています。天照大神の荒御魂をお祀りしています。荒御魂とはご正殿に祀られている穏やかな和御魂に対して活動的で積極的な働きをする御魂です。跳躍的な力を願う人はここでお参りするとよいとされています。ご正宮の北に祀られています。

 

 

 

由貴御倉神ゆきのみくら

皇大神宮所管社 祭神、由貴御倉神ゆきのみくらのかみ

 

五丈殿の北、御酒殿の東にあります。かつて由貴大御饌(神嘗祭などの大祭時に、供える神の食事)の御料の御贄、果物などを納めた御倉の守護神をお祀りしています。以前は社名通り御倉の形式でしたが現在は神社社殿に改め、祀られています。由貴とは清浄な穢れのないという意味です。

 

 

 

御酒殿神みさかどののかみ 皇大神宮所管社 祭神、御酒殿神みさかどののかみ

 

祭神は御酒殿の守護神です。古くは神にお供えする神酒を醸造していた所です。現在は御酒殿として建立されていますが元々は酒殿、務所庁、倉、盛殿、大炊屋が立ち並んでいました。現在は三節祭にお供えする神酒を一時納め、これを奉下して神前にお供えします。

 

 

 

四至神みやのめぐりのかみ

皇大神宮所管社 祭神、四至神みやのめぐりのかみ

  

五丈殿の東に鎮座しています。こじんまりした二段の石畳の上に神が祀られています。祭神は内宮の宮域を護る神です。四至とは宮の四方の意味です。祠もなく神宮独特の石神です。榊を背にしています。外宮にも鎮座しています。

 

 

 

風日祈宮かざひのみのみや

皇大神宮別宮 祭神は二柱 級長津彦命しなつひこのみこと 級長戸辺命しなとべのみこと

 

天候の風や雨を司る神を祀る別宮です。祭神は伊弉諾尊の御子神です。外宮にも風宮の祭神として風の神、級長津彦命と級長戸辺命が祀られています。鎌倉時代の蒙古襲来時に神風を吹かせて国難を救ったことから別宮に昇格しました。風日祈というのは昔、この宮で雨風の害なく五穀が豊作となるよう7月1日から8月末まで毎日、風日祈の神事が行われたからです。

 

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大山祇神社おおやまつみじんじゃ

皇大神宮所管社 祭神、大山祗神おおやまつみのかみ

  

祭神は神路山の入口に坐す山の守り神です。山神社とも呼びました。大山祇命は日本神話、古事記にその活躍ぶりが多く語られます。神宮の事務を司る神宮司庁近くに鎮まります。元々はおはらい町、向かい側の宇治館町の産土神でした。明治32年(1899年)に神宮所管社として移された新しい神社です。

 

 

 

子安神社こやすじんじゃ

皇大神宮所管社 祭神、木華開耶姫命このはなさくやひめのみこと

 

 祭神は天照大神の孫、天孫瓊瓊杵尊の妻で一夜の契りでご懐妊した神です。大山祇命の娘でもあります。火の中で3人の御子を出産したので子授け、安産として庶民からの信仰があります。元々は宇治館町の産土神でした。大山祇神社と同じ境内にあり、手前に祀られています。

 

 

内宮 詳しくはこちら

 

 

 

コロナ禍前には年間約600万人が訪れた内宮の宇治橋前の鼓ヶ岳麓に摂社末社7社があるのをご存知でしょうか?参拝者にまったく関心を得られず静かに鎮座しています。

 

津長神社つながじんじゃ

皇大神宮摂社 祭神、栖長比賣命すながひめのみこと 

 

同座 新川神社にいかわじんじゃ

皇大神宮末社 祭神、新川比賣命にいかわひめのみこと

 

同座 石井神社いわいじんじゃ

皇大神宮末社 祭神、高水上命たかみなかみのみこと

 

津長神社、祭神は水神です。昔は、ここに五十鈴川の船着き場がありました。津長原といわれていました。津長とは五十鈴川の洲(砂が堆積して水面に現れ出た土地)長になったところです。倭姫命は五十鈴川を遡ってここに上陸されました。天照大神を祀る場所を選んだ地にこの神社を定めたそうです。ちょうど勢乃国屋と修養団の間になる裏手に鎮まっています。

 

同座の新川神社も倭姫命が定めた清らかな川の流れそのものが姫神として祀られています。

 

同座の石井神社は灌漑用水の守り神です。

 

これらの神々は804年の延暦儀式帳に載っていますが中世、行方不明になっていました。後世に津長神社に同座を願い祀り直されています。

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饗土橋姫神社あえどはしひめじんじゃ

皇大神宮所管社 祭神、宇治橋鎮守神うじばしのまもりのかみ

 

祭神は宇治橋を守護される神です。宇治橋と対面する位置にありこの橋から内宮に悪しきものが入らないように守護しています。広い境内は珍しく社殿を一周でき社殿の背後を拝することができます。宇治橋前には摂社、末社が7社祀られていますが、その中でもこの饗土橋姫神社はもっとも有名です。宇治橋前のロータリー中央の一本松の辺りに当初、鎮まっていたそうです。冬至の頃の日の出はこの社を照らしてから宇治橋の中央から日が昇ります。

 

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大水神社おおみずじんじゃ 皇大神宮摂社 祭神、大山祗御祖命 おおやまづみのみおやのみこと 

 

同座 川相神社かわあいじんじゃ 皇大神宮末社 祭神、細川水神ほそかわのみずのかみ

 

同座 熊淵神社くまぶちじんじゃ 皇大神宮末社 祭神、多支大刀自神たきおおとじのかみ

 

大水神社の祭神は社名を「大水」と称しながら大山祇、山の神です。五十鈴川周辺の山の守護神です。この麓の主かと思わせる楠の大樹がまず目に飛び込んできて印象的です。近くの白壁はかつての内宮神職用の学舎、林崎文庫です。書庫や講堂、塾舎がありました。同座の川相神社は川の神です。倭姫命が定めました。熊淵神社は石清水の守り神です。大水神社、熊淵神社は共に元々は五十鈴川の上流に鎮座されていたものを明治初期に同座しました。

 

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〇125社めぐり 内宮編

 

〇125社めぐり 外宮編

 

〇125社めぐり 五十鈴川編

 

〇125社めぐり 二見編

 

〇125社めぐり 鳥羽・志摩編

 

〇125社めぐり 神社・大湊編

 

〇125社めぐり 小俣編

 

〇125社めぐり 田丸編

 

〇125社めぐり 宮川編

 

〇125社めぐり 外城田編

 

〇125社めぐり 松阪編

 

〇125社めぐり 瀧原編