125社めぐり 松阪編
125社めぐり 松阪編 お参り18社
この辺りは大陸から紡織に優れた技術集団が移り住み伊勢神宮の衣縫を担う服部神部として織物地帯を形成したそうです。今でもその歴史は「松阪もめん」の名で世に知られています。訪れるのは二社ですがそれぞれ域内に末社8所が祀られているので計18社参拝となります。伊勢富士と呼ばれる掘坂山が見えます。
神麻続機殿神社かんおみはたどのじんじゃ
皇大神宮所管社 祭神、神麻続機殿鎮守神かんおみはたどののまもりのかみ
域内 神麻続機殿神社末社八所
所管社 祭神、神麻続機殿鎮守御前神
【神麻続機殿神社・神麻続機殿神社末社八所】三重県松阪市井口中町 字井出ノ里675-1
5月14日と10月14日、伊勢神宮の内宮正宮と荒祭宮では神御衣祭が行われます。新しいお召し物を神様に御供えする祭事です。織上がったばかりの絹糸(和妙にぎたえ)と麻布(荒妙あらたえ)が神前に共えられます。その麻布を織るのがこちらの神社です。地元では「上機殿かみはたでん」または「上館うえたち」さんと呼ばれています。中央に白石を敷きつめた斎庭があります。鳥居が立っています。鳥居をくぐると正面にある大きな萱葺で千木や鰹木のある建物が「八尋殿やひろどの」です。神社と誤解して参拝する人が多いですが白衣姿の織子が籠って作業する御機殿です。その左が神麻続機殿神社です。奉織は5・10月の1日から始まり4.5日かけて織られます。奉織中は機織りの素朴なカチャコン・カチャコンと和音が漏れてきます。八尋殿の鎮守の神を祀っていますが昔は神衣祭に奉仕した麻続氏を祀っていました。125社めぐりで最も北部に位置します。
社地には小社殿ながら、所管社の神麻続機殿神社末社八所、祭神は神麻続機殿鎮守御前神かんおみはたどののまもりのみまえのかみが、ご鎮座されています。
夏は稲作、冬は麦作の二毛作田園地帯に鎮座しています。
八尋殿はあいにく工事中でその姿を拝することはできませんでした。
こちらが神麻続機殿神社。御塩殿神社と同じくこちらで参拝です。
神麻続機殿神社末社八所は境内の西側二社と東側四社に、神麻続機殿神社の垣根内に二社、それぞれ離れて鎮座しています。
神麻続機殿神社末社八所の中には一社、珍しく北向きの神社もあります。
大きな社地は鎮守の森の回りに砂利の道が巡らさており一周できます。野鳥の鳴き声が響き田畑の真ん中にある緑の小島のここが、鳥たちの憩いの場所であることがわかります。イオンモール明和が近くにあり、東に「Aeon」の赤い看板が見えます。アクセスもよく国道23号線を伊勢市より北に走りイオンモール明和が見えたら次の信号を左折すれば到着です。
碑も立っています。水利に困っていた村の田畑に水路を引くためにタブーとされた神麻続機殿神社境内の神領侵犯の罪を一身に背負って切腹した代官、福井文右衛門を語り継ぐものです。
神服織機殿神社かんはとりはたどのじんじゃ
皇大神宮所管社 祭神、神服織機殿鎮守神かんはとりはたどののまもりのかみ
域内 神服織機殿神社末社八所
所管社 祭神、神服織機殿鎮守御前神
【神服織機殿神社・神服織機殿神社末社八所】三重県松阪市大垣内町字西山
麻布(荒妙)を織る上機殿に対して下機殿と呼ばれます。絹布(和妙)の奉織が行われます。斎庭のつくりは上織殿と似ています。ここも間違えやすく鳥居の正面が萱葺屋根の八尋殿です。その左側が機殿神社です。御機殿の鎮守の神を祀っていますが、かつては神衣祭に奉仕した服部氏が祀られていました。ほか末社八所が鎮座しています。ちなみに「尋」とは両手を広げた長さです。八尋殿はその8倍の長さではなく末広がりの意味で「八」は名付けられています。楠の大樹が生えています。社地には小社殿ながら、所管社の神服織機殿神社末社八所がご鎮座されています。江戸時代、神麻続機殿神社と共に「織物の神様」として広く信仰を集めたお宮です。
神域内、神麻続機殿神社と同じ造りですが参道が少し長い。
上織殿と同じく間違えやすいですが、ここも鳥居の正面が八尋殿です。その左側が参拝する機殿神社です。
絹糸を織子が籠って作業する御機殿です
神服織機殿神社
白石の上に鎮まっています。佐美長御前神社四社に似ているが社殿の大きさはこちらが大きい。
神服織機殿神社末社八所 西側に二社、東側に四社、神服織機殿神社の垣根内に二社で計八社。
神御衣奉織始祭かんみそほうしょくはじめさい
春と秋の神御衣祭の前に絹布を織る神服織機殿神社と麻布を織る神麻続機殿神社では5月1日と10月1日に神御衣奉織始祭が行われます。両機殿とも織子となって奉仕する地元の方たちと神職の方が参列し神前に御饌と原料の糸を供え奉織の無事を祈ります。神事が滞りなく終了すると八尋殿の木の扉が開かれ織の準備が始まります。
斎王宮跡地
【斎王宮跡地】三重県多気郡明和町斎宮3207
斎王は天照大神の皇大神宮の御杖代(みつえしろ)として伊勢に参向した皇女です。ここで潔斎生活を続けました。跡地には斎宮歴史博物館が建ち「いつきのみや歴史体験館」もあります。
近鉄電車の斎宮駅前が斎王宮跡地です。「しまかぜ」などの特急列車では車内放送も流れ東側の車窓から見れます。